画廊案内

創業者故廣瀬操吉氏は、戦前から東京銀座、数寄屋橋に三笠画廊を経営し、同画廊が戦災で焼失したため、戦後は中央区銀座西六ノ一に三笠画廊を続けていた。

故廣瀬操吉氏は東京世田谷の自宅に「日本初期洋画研究所」を開設、戦前(昭和初年~)から同氏が蒐集した初期洋画作品についての調査・蒐集を続けていた。

昭和42年廣瀬操吉の死後、画廊は閉鎖されるが、孫の廣瀬秀彦によって2019年、52年の歳月を経て新しい形の画廊として再出発となる。